<2012年4月 特別レポート>
<<<張老師との東福寺同行記:清水真理>>>
はじめまして、「中国茶アドバイザー/インストラクター」日本事務局長の清水真理です。今月、張老師に京都・東福寺でお会いしましたので、そのレポートを掲載します。
張老師は、3月末より日本の茶文化についてのCCTV(中国中央電視台)の一ヶ月にわたる長期取材旅行に、アドバイザーとして撮影クルーと共に来日されました。今回私がご一緒させて頂いたのは京都だけでしたが、京都に来られる前に、鎌倉、静岡などのお茶の産地を巡られたそうです。
当日は朝8時に張老師一行と東福寺で合流しました。この日は、中国・徑山寺の僧侶の方々が来日されることになっていたので、朝早くからの取材となりました。
ご存知の方も多いと思いますが、京都・東福寺は浙江省・徑山寺と大変深い関わりを持っています。
徑山寺では、唐の時代から茶の栽培が行なわれており、日本茶道の源流は、日本、中国のどちらにおいても、宋代に徑山寺で行われていた茶礼だと説明されることが多いものです。
一方、東福寺を開山した聖一国師・円爾弁円(1202~1280年)という人物は、1200年代に中国へ仏教を学びに行った僧侶の一人でした。『徑山寺史』『東福寺誌』等の記録によると、円爾は、当時天下第一の宗師と言われていた徑山寺の禅僧・無準師範に師事し、6年間修業を積んでいます。また 帰国の際には徑山寺から様々な書物を持ち帰っており、その中には茶の記述が多く記載された文書もあったようです。
円爾は、帰国後も徑山寺の無準師範との交流を続け、その生涯を通して師の禅の教えを貫き通しました。円爾が晩年に定めたとされる『東福寺規範』には、「円爾、以佛鑑禅師(無準師範)叢林規式一期遵行之、永不可有退転矣(円爾は、佛鑑禅師(無準師範)の叢林規式を生涯守り続けてきた、それゆえ、この先永劫もそれを退転することは不可とする)」とあり、その無準師範の禅への忠誠がうかがえます。
このように、円爾が徑山寺から持ち帰った禅宗と茶文化は、今なお日本の東福寺に受け継がれているのです。

徑山寺からの僧侶の方々の来日の目的は、両寺院が持つお互いの過去の資料を、今後の寺院発展の為に役立てて行く為の交流とのことでした。中国・宋代に円爾がつなげた両寺院の交流は、800年たった今でも確実に受け継がれているようです。この交流の現場に同席させて頂けたことはとても貴重な体験だったと思います。
CCTVの番組放映は、来年を予定しているとのことです。番組は、日本の茶文化についてドキュメンタリー形式で作成される予定だそうです。ディレクターの方はとてもお若いかたでしたが、さすが、画にはこだわっていらっしゃって、枯山水への光の当たり方や、撮影位置などに細かな気を配られていました。張老師は、彼の寺院や庭、装飾等についての質問にアドバイスをされていました。朝早く東福寺に到着したのは、どこが画になるか、どの位置で撮影をしたら良いかを事前にチェックするためでもあったのです。
残念ながらこの番組を日本で見ることはできないかもしれませんが、彼の目に映った日本の茶文化がどのように放映されるのかはとても楽しみだと思いました。
<2012年4月 張老師よりのレポート>
<<<今年の龍井茶の奇妙な出来事>>>
古ければ古いほど価値があるものがあります。例えば骨董品などがそうです。しかし、お茶はそれとは違って一日でも早く手に入れば価値があると言われています。
2012年の龍井茶の初摘みは、天候と低い気温で例年よりも遅くなり、3月28日にやっと最初のお茶が作れるという状況でした。しかし、その直後から暖かい日が続き、茶摘みの遅れにもかかわらず、大量の「明前龍井茶」ができるという奇妙な状況になりました。
皆さんも良くご存じの通り、4月5日が中国農暦で言う清明節にあたります。そして、その日の前に作られた龍井茶を「明前龍井茶」と呼びます。 昔から、明前に作られた龍井茶が一番美味しいとされていますから、4月5日前後は、龍井茶を買いに来る人々で龍井村はごった返します。皆、一日でも早く買った龍井茶が美味しいと考えていますし、外見も綺麗だし、値段も高いので、このお茶をお土産にする事が一番喜ばれる事だと思っています。ですから、龍井村では皆が先をあらそって明前の龍井茶を求めるのです。
しかし、今年は龍井村では不思議なことが起こりました。何が不思議かというと、今年は明前龍井茶を買いに来る人がいつもよりも少なかったのです。なぜだろう・・・?と思い、茶農家の人々に聞いてみると「理由はわからない、私達も不思議に思っている」という答えが多くの人から返ってきました。 どうやら誰も事情はわからないようなのです。
それなのに、杭州市の街中で売られている龍井茶の価格が高騰するという事態が起きました。まったく不思議なことです。この高額な龍井茶を、人々は「天額龍井」(天井知らずの高値の龍井茶)と呼んでおり、龍井村の茶農家の人々は、この事態にとても笑う事が出来なかったそうです。
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